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*本稿は、2022年11月5日と6日に米国メリーランド州アナポリスで開催されたNEXT同盟会議のワークショップで筆者が行った発表に基づくものである。
はじめに
本稿では、日米の技術アライアンスを追求する観点から、日本の政策展開をレビューしつつ、経済安全保障政策と先端技術の課題と機会について論じる。本稿は3部で構成している。第1部では、最近の日本の経済安全保障政策の動向について紹介する。第2部では、経済安全保障推進法の枠組みにおける先端技術の研究開発の推進の側面に焦点を当てる。最後に、第3部では、技術アライアンスを進めるための次のステップについて議論する。
1. 日本の経済安全保障政策の最近の動向
近年、急速な技術革新と地政学的変化により、国家安全保障の基盤は経済・技術分野に拡大している。多くの国では、技術覇権をめぐる激しい競争、コロナ感染症、ロシアのウクライナ侵略により、サプライチェーンの脆弱性が明らかになりつつある。現在の世界経済には、他にも多くの分断を生み出しがちな課題と外部リスクがある。この点、日本政府は近年、政府全体の文書「経済財政運営と改革の基本方針2021及び2022」、「統合イノベーション戦略2021及び2022」、「成長戦略2021」・「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2022」に掲げるとおり、経済安全保障政策を優先度の高い重点課題として強化してきた。
日本は、自律性の確保と優位性の獲得を図るとともに、志を同じくする国々との協力を深め、基本的価値とルールに基づく国際秩序の維持・発展を図っている。日本は、政府全体の総合的なアプローチを通じて、重要な技術を知り、守り、育てる努力を強化している。「知る」とは、複数のサプライヤーを見つつ、グローバルサプライチェーンのチョークポイントを特定することを意味する。「守る」とは、輸出管理、投資審査、その他の保全措置を通じて、多様化する技術窃取活動を阻止することを意味する。「育てる」とは、機微技術分野における研究開発の推進を意味する。
経済安全保障政策は新たな政策の焦点となっているが、自由で公正な貿易は依然として政府の政策の重要な要素である。実際、政府全体の文書は、日本政府が自由で公正な経済秩序を拡大し、ルールに基づく多角的貿易体制を一層強化することで、強靭なサプライチェーンを構築し、気候変動やデジタル経済などの課題を踏まえて世界経済を積極的に発展させることを強調している。GX(グリーントランスフォーメーション)やDX(デジタルトランスフォーメーション)への投資、スタートアップの振興も、新しい資本主義のグランドデザインにおいて、経済安全保障政策とともに、成長戦略の重要な要素である。
2. 先端技術の研究開発と経済安全保障推進法
2021年11月に新設された経済安全保障推進会議の議長の岸田内閣総理大臣がコミットしたとおり、経済安全保障推進法案が作成され、2022年2月の第2回経済安全保障推進会議を経て、経済安全保障推進法案が国会に提出され、2022年5月11日に可決・成立した。経済安全保障推進法は、1)サプライチェーン強靱化、2)基幹インフラのセキュリティ、3)先端技術開発のための官民協力、4)特許非公開制度の4本柱から構成されている。経済安全保障の課題は非常に広範であり、輸出管理や投資審査など、既に実施されている、あるいはこれから実施が予定されている課題があるが、日本政府は、その中で重要な分野に焦点を当てた新たな法制措置を包括的に講じることとした。
本稿では先端技術に関する第3の柱に焦点を当てるが、まず他の柱について簡単に説明する。第1の柱は、経済安全保障に不可欠な重要物資のサプライチェーンの強靭性を強化することである。対象物資の範囲は、今年末までに政令で指定される予定である。第2の柱は、電気、ガス、通信、水道などを含む14分野を中心とする基幹インフラのセキュリティと信頼性を確保するものであり、2023年11月までに施行される予定である。第4の柱は、先進国が一般的に導入している特許非公開制度であり、重要技術の漏洩を防ぎつつ、イノベーションを促進することとしており、2024年5月までに施行される予定である。
前述のとおり、第3の柱は技術情報の共有と先端技術育成のための枠組みの設置に焦点を当てている。実際、この柱の実施は、サプライチェーンの強靱化の第1の柱と並行して実施が進んでいる。第1及び第3の柱は2022年8月に施行され、2022年9月30日に法令上の基本指針が閣議決定された。「特定重要技術研究開発基本指針」という閣議決定では、責任ある政府関係者、関係機関及び関係研究者で構成する「協議会」の法令上の枠組みを通じた、ファンド保有機関による資金配分メカニズムについての詳細が説明されている。官民協力は、この枠組みの中で重要な技術を開発することが期待されている。
基本指針では、社会科学、国際関係、科学技術イノベーション、国家安全保障の観点から、重要技術に関する様々な研究・調査を通じて、研究開発ビジョン及び協議会に貢献することが想定される法令上のシンクタンクの役割をさらに詳述している。内閣府は、2021年から2022年にかけてシンクタンク機能について試行事業を実施し、その際、AI、先端コンピューティング、半導体、量子、サイバー、高度な監視センサー、ロボティクス、極超音速、先端材料、宇宙、海洋、医療・ライフサイエンス、バイオテクノロジーなど、新興技術の20の主要分野を特定した。最近では、2022年9月16日に、1)海洋、2)宇宙・航空宇宙、3)横断的な分野、サイバー、バイオテクノロジーに焦点を当てた日本の「研究開発ビジョン」の最初の1次バージョンが公開された。合計で、これら3つの分野の特定のブレークダウン技術の27のサブセット技術が、資金の配分先候補の最初のステップとして特定された。研究開発ビジョンは、今後数年間でさらに更新される。現段階では、2021年度補正予算として2500億円がファンド機関に準備できており、6月の「経済財政運営と改革の基本方針2022」に基づき、予算額は5000億円に拡大するとされている。[1]
3. 技術アライアンスに向けた次のステップ
米国では、国家安全保障戦略の最新版が2022年10月12日に、そして日本では2022年12月16日に発表された。この点から現状に対応した先端技術に関するアライアンスを検討する重要な時期である。
歴史的に日本では、科学技術イノベーション政策は「シーズ中心」のアプローチで展開され、防衛技術・装備政策は「ニーズ中心」のアプローチで展開されてきた。実際、2013年12月の国家安全保障会議設立後の最初の国家安全保障戦略では、デュアルユース技術を含む技術力の強化、サイバーセキュリティの強化、宇宙・海洋分野の強化、防衛生産・技術基盤の強化、2014年4月に最終決定された「防衛装備移転三原則」の策定など、各側面でこれらの政策が掲げられていた。その間、先端技術の急速な発展、軍民融合、コロナ感染症などのさまざまな要因によるサプライチェーンの混乱に関する懸念、そして最近ではロシアのウクライナ侵略など、その後の国際情勢を考えると、前回の国家安全保障戦略策定後の数年の間に、統合されたアプローチがはるかに重要になっている。この点で、経済安全保障政策は政府全体によって策定されており、研究開発の文脈では、軍事と民間の両方のデュアルユースの文脈で、先端技術のシーズとニーズの両方の統合的な検討とマッチングがますます重要になっている。さらに、この側面は最近、経済安全保障政策のより広い文脈における、公的利用と民生用の両方のための「マルチユース(多義性)」として特徴付けられている。
日米間の研究開発協力とイノベーションのアライアンスを前進させるためには、経済安全保障政策の道筋が極めて重要である。政府、関係機関、シンクタンク、学界、産業界等による様々な議論を通じて、大局的な視点から世界の動き全体を把握し、課題や機会を把握し、優先順位や資源配分に留意し、重複や縦割りを避けながら、相互の信頼をもって各議論を進めていく必要がある。具体的には、以下の3点を提案する。
第一に、日米双方は、経済安全保障と新興・重要技術という、この関心が高い課題に関する様々なレベルでのコミュニケーションを強化することを目的として、政府レベルだけでなく国家資金機関レベルでも信頼できるカウンターパートをさらに認識すべきである。日本の安全保障に関する有識者会議では、最近、複数の科学技術イノベーション政策の専門家が、国立研究開発法人をハブとして防衛装備庁や大学等の研究者の参画を得ることを提唱している。さらに、日米のトラック1.5としてのシンクタンクは、持続可能な研究方法論の開発や専門家の柔軟なネットワーク化の観点から、科学技術イノベーションと国家安全保障の双方の専門家による研究・調査を通じて、これらの動きを促進する役割を果たすことができるであろう。そうした活動は、両国において人材エコシステムを一層育むこととなろう。[2]
第二に、日米双方は、相互信頼を一層発展させ、機密技術情報保護体制の理解を深めるべきである。日本は、上記のとおり、官民連携・協議会メカニズムを法令により整備し、一定の情報保護対策が重要特定技術に関する協議会で講じられる準備が最初のステップとしてなされてきた。また、より広い将来の文脈においては、日本では、経済安全保障推進法の審議の過程で、セキュリティクリアランス制度の重要性が強調され、両院の附帯決議には、国際的な研究開発協力を促進することの重要性の認識から、検討事項であるとして盛り込まれた。
第三に、日米双方は、「育てる」政策のための技術アライアンスを追求するに当たり、輸出管理、投資審査、研究インテグリティ等の「守る」政策に関する当局者及び専門家との更なる連携を検討すべきである。国際協力は、特に戦略的輸出管理の分野における主要な技術やセクターを特定するためのレジームやその他の方策を通じて多かれ少なかれ行われてきた。さらに、経済制裁も参考になると考えられる。ロシアのウクライナ侵略に対応して、同盟国と志を同じくする国々は、金融制裁や貿易制裁を含む様々な分野で、協調的な制裁を実施した。半導体や量子コンピューティングなどの特定の先端技術に対する輸出禁止が実施されてる。こうした措置の含意も検討する価値があろう。全体として、政府全体による、包括的なアプローチや官民パートナーシップやトラック1.5は双方にとって成功への鍵である。[3]
おわりに
本稿では、経済安全保障と先端技術の問題の課題と機会について、主に日本の視点から技術アライアンスを進めるための検討をしてきた。本課題は、明らかに重要な未完成ビジネスである。本稿が、更なる議論の一助となり、日米の経済安全保障政策協調の目標に貢献することを期待する。
*風木淳は個人的な立場で本稿を執筆した。その見解および解釈は、あくまでも筆者個人のものである。
日米NEXT同盟イニシアティブは、日米間で外交・安全保障・技術政策分野を横断する新たな協力関係を構築するため、幅広い分野の政策・技術専門家(政府内外)を招待し、二国間対話、ネットワーキング、共同提言の策定を行うフォーラムです。日本財団の支援を受けて米国笹川平和財団が設立した本プログラムの目的は、日米共通の利益により大きく貢献し、ますます複雑でダイナミックになる地政学的環境における新たな課題に備えられるよう、日米同盟を強化することです。2021年に設立された本イニシアチブは、重複する課題も多い2つのトピック(1) 外交・安全保障政策、2) 技術とイノベーションの連結)に取り組んでいます。米国笹川平和財団のシニアディレクターであるジェームズ・ショフが本イニシアティブを主導しています。
[1] この第二部においては、以下の一連の政府文書が参考になる。 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/keizai_anzen_hosyo/index.html、
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/keizai_anzen_hosyohousei/4index.html、
https://www8.cao.go.jp/cstp/anzen_anshin/program/3kai/3kai.html.
[2] 内閣官房の有識者会議の以下の文書参照:https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/keizai_anzen_hosyohousei/r4_dai1/siryou3.pdf.
[3] GRIPs GIST セミナーの筆者資料参照; https://gist.grips.ac.jp/events/2022/09/105gist.html、https://gist.grips.ac.jp/events/2022/94f4fe87990c92f1bddd3f89e9e096b99ecaf03e.pdf (Page 52).
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